中村モーターサイクル商会 仕事の話

仕事について、考えていることを発信していています

「難問――大抵はどちらかが不満を抱えることになる――手間が判らない仕事において、双方ともに納得できる料金を設定すること」

note.mu

※この記事は私が書いたnoteからの転載です

「行きつけ」のバイク屋に着いた。
今日はとりたてて用があったわけではない。暇なので時間調整を兼ねて、遊びに来たのだ。

辺りは自然がいっぱいで、来るたびに思うが奥に工房があるとは思えない。道路手前の金木犀の枝は折れそうなほど繁茂して、ドームのように陽の光を遮っているし、建物の横の見知らぬ樹木からは、鳥の巣が今にも落ちてきそうだ。念のため、この下でヘルメットを脱ぐのはやめておこう。

「どうぞ中へお入りください」
工房の主人が出迎える。冷蔵庫からペットボトルのお茶を二本とりだし一本を手渡すと、粗末なパイプ椅子に座るように促した。
「暑いですね」

ポケットが綻び穴の開いた黒いツナギの袖で、額の汗をぬぐいながら彼は言った。

ペットボトルのお茶を一気飲みしてから応じる。
「ほんと暑いね。ところで、先日なんともスッキリしないことがあってさ。中村さんの意見も聞かせてほしいけど、メニューにない料理の金額って店の言い値?客が妥当だと思う金額?どう思う?」

俺は、先日あった「事件」を話した。

行きつけの割烹料理屋のおばちゃんに「普段は食べられない珍しいものが手に入ったから持ち込みで悪いけど料理して」と願いしたら、美味い料理がでてきた。なかなかの珍味だった。
ところが、お勘定が「常連さんだからサービスしておくね。一万円ね」で、驚いた。

後日ネットで調べたら、その料理は調理の手間が大変とのことで、相場からしたら高額ではなかったのかもしれない。でも、そんなに高いなら最初に言ってくれよ、と思った。仕方がないから払ったけど、腹落ちしない。

「まあ、たしかに、個人経営店ならではの良い点として、メニューにない料理を作ってもらえることがあるよね。それはありがたいと思うよ。おかげで珍しいものを食えたしね」

「そうですね。持ち込んだ食材で料理を頼むなど、チェーン店ではありえないですよね。ましてや珍しい食材なら断られるほうが多いでしょう」
中村は組んでいた腕をほどき、口ひげを触りながら言った。

「でもさ、やってみないと判らないからと言っても高すぎだよね? お客の立場からすると、サービスの提供前に大体の金額を確認して合意をしたのなら問題はないと思うよ。でも俺、値段聞いていないし。不親切だよね」

「はじめに金額を確認しなかったのですか」
そう言うと、整備士は椅子から立ち上がりウエスを持って作業をし始めた。

「今さら話だけど、確認しなかったのは俺のミスだと思う。まさかこんなに高いとは思わなかったし、信用していたからさ。高くなりそうならはじめから大体一万円だと教えてくれたら納得できたと思う。

ぼったくられてるかと不安になるんだよ。変な話だけど、さきに大体の金額がわかってれば安心じゃん。その大体の額の範疇より大きくズレたら信用を失いますよ、消費者センターに相談しますよ、とけん制できるからね」

彼はコンクリートにしみ込んだオイル染みを拭きながら黙っている。俺は椅子に深く座り直して話しを続けた。

「あとね、金額が言えないというのは通用しないでしょう、プロなのだから。ある程度はその場でサッと見積できて当たり前だと思うよ。中村さんだって、そうじゃないの」

ちょっと強く言い過ぎたか。だが、是非ともバイク屋の見解を知りたいと思った。今後のつきあいのためにも。

「あー。それは難問ですね。小さい商売をやっている自分にとっては悩ましい話です。つまり、ぼったくりの被害を避けるため金額をハッキリさせたいわけですね。まあ、正直揉めたくないのはウチも一緒ですよ。

だから、私はそういったケースではあらかじめ多めに伝えています。実際それでも安すぎたと感じることが多いですが」

よくあること、と言わんばかりに作業しながら答える、その他人事のような態度が気に入らない。職人肌というのか、こちらの言いたいことに寄り添わず、突き放すような物言いに反発を覚えた。

俺が言いたいのは、値段が判らないのはそちらの都合であって、こちらの落ち度でもなんでもない。なんで、今までの仕事の経験から金額を割り出せないのかってこと。あんたたち無能なの?
しかも多めに伝える? いわゆるボッタくりは、こうした意図から生まれるのかもしれないな。悪気はないにしても。

それに、こちら客側としては店側の言い値を黙って支払うのが気に入らないという向きもある。わざわざ相手の土俵に乗ってやる必要はないのだ。

「今度仕事をお願いするときでいいんで、俺から金額を提案できないですかね。無理なら断ってくれていいので」

中村は作業を止め、こちらに向き直り言った。
「それなら、料金を交渉で決めるのはどうでしょうか。例えば、先ほどの割烹料理屋の話なら、このような流れになります」

店「これ、持ち込み料として三千円もらって、作るのも大変だから全部で一万円ね」
客「えー高いよ」
店「じゃあ八千円ね。それ以上は勘弁して」
客「じゃあ八千円でいいよ」

どちらにしても、店側が想定より多めに金額を伝えることになるわけだ。そりゃまあ、手間がわからない以上は安く伝えた時点で損をするからな。じゃあ、交渉しない人は損をしているってことだ。

「交渉するにしても、客側が相場を知らないとボッたくられているのかわからないよね。あるていど信頼して任せるしかないのかな」

どちらにしても、こちらが安いと思った金額なら文句はない。だが、ネットで相場を調べて把握しておくのは大事だな。損もしたくないし、あんまり安く言って断られるのも気分悪いしな。

「我々修理業者の話をすれば、実際に作業に入ってみないとわからない部分が多々あるのですよ。試運転まで済ませて問題がないのを確認しない限り、修理完了とは言えませんから。その時点まで追加が発生する可能性があるのです。

とはいえ、お客様側からすれば、なにか問題が発見されるたびに次々と金額が上がりますよと連絡があると不信を抱きますよね。結局、部品代は負担いただきますが、手間はウチが泣くことが多いです。不具合だらけなのはウチの責任ではないのですが」

うんうん、それは分かる。しかし、ソフトにだが、言いたいことは言わせてもらうのが俺の主義だ。

「それはわかってるよ。いつもありがたいと思っているよ。でも、なるべく早く見積をして値段を決めてもらわないとさ。高額なら準備する予算の都合もあるし、これはお客の立場なら当たり前のことだと思う」

センタースタンドをかけた、黒い愛車のタンクに溶け込んだ風景を眺めながら俺は言った。

「ごもっともです。実は、この問題を解決する手っ取り早いがあるのですよ。作業内容によりますが、サービスを定額にするのです。例えば、このように料金が明記されていたらどうでしょうか」

ETCの取り付け工賃表
ネイキッドバイク¥8000
カウル付きバイク¥12000
スクーター¥20000

「たまに手こずる車種もありますが、簡単な作業でもキチンと工賃を取れるから、値段設定さえ間違えなければ、トータルでは採算が合うのです」

なるほど。確かに定額サービスは、もっとも一般的な料金形態だといえる。
このように工賃が明記されていれば、ユーザーはネットで相場を調べて適正価格か確認できるし、なにしろ金額が決まっている安心感がある。想定以上に金をとられる心配がない。

「明朗会計、大いに結構だ。でもさ、簡単な作業なのに多く取られるのは納得いかないな。はやく終わったらその分は安くならないのかね」
実際に手間がかかって大変だったというのなら、あるていどの追加料金は仕方ない。ぎゃくに簡単だったら値引きをするのが当然だ。それが人情だと思う。

中村は、おもむろに立ち上がると作業用ベンチに腰掛けて言った。
「以前テレビで、さまざまなものの値段を調べる企画番組を観ました。もともとボウズ頭の人をボウズ頭にカットしてくださいとオーダーしたら、料金はどうなるかという話だったのですがね。どうなったと思いますか」

「そりゃ、切る量や手間がほとんどないのだから、当然値引きしてくれるでしょ」

中村の説明はこうだった。
その美容師は、ほんのちょっとだけカットすると「終わりました」と料金を請求した。
わずか数分の出来事であった。
「ほんのちょっとしか切っていないですよ」と、タレントが反論すると、「これが当店のボウズです。スタイリング料なのです」という趣旨の返答をした。
カットする髪の量が多いか少ないか、手間が掛かったか、簡単かどうかは関係ない。決まっている料金を請求しただけですよ、ということだ。

「それはヒドイなー。そもそも、そんな仕事で金とるの? まあ、百歩譲って、人が動いたからその料金がかかるのは仕方がない。でも、良心的な店ならやる必要のない仕事を受けないよ」

「依頼したのはお客さん側ですし、やる必要があるかどうかは、本人が決めることです。それがどんなに愚かしいことであっても。店は依頼に応えただけで、なにもヒドイことはしていないと思いますが。カット代は人が動いた手間賃ではなく技術料ですね」

俺は、理屈ではわかるものの、普通に頼んだ時と同じ金額を支払うことが納得できず、やや皮肉交じりに言ってやった。
「なるほどね、技術料ね」

「美容師さんは、お客様のオーダーにオリジナリティを持たせ、人それぞれ違う髪質や頭の形に柔軟に対応しなくてはならないから技術がいりますよね。業界は違いますが、技術料というのはよくわかります。かかった手間や時間ではないのですね。」

「じゃあなにか、これがウチのスタイルですっていえば、極端な話、手抜きをしてもOKってことか。それが君たち職人の技術料なの」

「そもそも、技術の高さという、数値に表し難いものはどう捉えたらいいのでしょうか。先ほどの例であれば、ETCの配線を手抜きして、適当にまとめて押し込み動作に問題ないからヨシとするか、敢えて見えない部分も丁寧に束ねて取り回すか。

同じ料金なのに、作業者の技術力や、やる気次第で仕事の質が違います。つまり誰が仕事をしたのかが重要なのです」

ペットボトルのお茶を一口飲むと、中村は続けた。

「誰でも同じサービスを同じ料金で受けることができるのは素晴らしいことです。例を挙げると、診察報酬はどの医療機関であっても同額です。全ての医療行為に点数が決められているからですね。

では、どの病院でも同じクオリティの治療を提供しているかというと、そうではないと思います。例えば、救急で運ばれた病院の当直医師が整形外科医だった場合、内臓疾患の診断が下手な可能性が高いのは体感的にわかると思います。それでも同じ医療行為なら点数は同じです。

言い換えれば、料金が均一であっても人によって得意な分野は違うから、腕前にはバラつきがある、ということです」

油蝉が鳴き始めた。

「そりゃ、作業する人間によって作業の質が違うのは当たり前だろう。だからこそ、同じ金額で仕事を頼むなら丁寧な人のほうがいいに決まっているからね、もちろんそれも加味して店を選んでいるよ」

俺は、いつもお願いしているタイヤショップの話を引き合いに出した。
その店は、そこらの量販店が敵わないくらい安さが爆発しているが、仕事の質は高い。ホイール脱着作業は、キズをつけないようにスイングアームをバスタオル等で養生して非常に丁寧に作業してくれている。

タイヤ交換工賃が一本千円~だが、タイヤ組みといい、バランス取りといい熟練の技だ。見ていて惚れ惚れする。とは言え、不満がないわけではない。

「タイヤ交換は安いし完璧なんだけどさ、チェーンが伸びていても調整とかしてくれないんだよね。ほら、先日もタイヤ交換した後にここに来て、チェーン調整してもらったじゃないですか。あんなに伸びててもそのままだからなあ。そういうところも手を抜かなければ、もっといい店になるのになあ」

「うーん、それはある程度仕方がない話なんです」
中村が説明するには、ライバル店同士が値段を安く設定して足を引っ張り合っているから、本来なら請求できるハズの適正だと思える金額が取れないのだという。どうみても値段が手間に見合っていないらしい。

だから、チェーンがたるんでいようが、値段が合わなくなるから調整しない。単価がギリギリで商売しているから、数をこなさなければならない。要するに、受けた仕事以上のことなどしている余裕がないらしい。

「まあ、言い換えるなら、美味くて安いラーメン屋に一定以上のサービスを求めるのは酷な話ですよね。水はセルフサービスでも仕方ない。

いっぽうで、技術のいらない誰でもできる仕事であれば、そのぶん競争相手が増えるので値段が下がることは知られています。そして、値段が下がるから割に合わすために雑な作業になるという悪循環になるのです」

確かにその通りだ。時間内に終わらせないと利益がでないのなら、やっつけ仕事でも仕方ない。安かろう悪かろう。それが商売だと思っている経営者がほとんどだ。だが、それを理解した上で、俺たちは店を使い分ければいい。こだわりがないものは、安いにこしたことはない。

そもそも、ユーザーが安さを求めるのは当たり前だ。クオリティが低下する責任をユーザーに押し付けるのではなく、なんとかするのが商売人の勤めだろう。まさにタイヤショップがそうだ。素晴らしい商売をしている。安さと質を両立するとギリギリなのによく頑張っている。だからこそ客が途切れないのだろう。

そして、安くて丁寧で上手な店をどれだけ知っているか。情報を掴んだ者が得をするのが世の中の仕組みだ。情報弱者は無駄な金を払わされる。

窓からそそぎこむ午後の陽射しが、フォークのクロームメッキを照らしだし、まるで宇宙ステーションから見た地球の夜明けのようにきらめいているのを、うっとりと眺めた。

安くもないし定額サービスもできない店(つまりこの工房)は、やってみないとわからない仕事を受けたときは、大穴当てるようにボッタくるしかないだろう。ボーナスのようなものだ。ここぞとばかりに儲けないと成り立たないからな。

この工房にはときどき仕事を頼むけど、実はボッてないだろうな。なんだか不安になってきた。悪いけど、カモにされないように一発かましておくか。

「さっきの話に戻るけど、例えばさ、原因が判らない修理が入ったときに、多めに見積もりを伝えておいて、簡単に直ったらラッキーってことはないの。客には大変だったと嘘を言ってさ。

疑うわけではないけど、そうすれば儲かるよね。今の話を聞いて、そうせざるを得ない状況も理解できたしさ。利益上げなきゃ店を維持できないから、ある程度は仕方がないと思うよ」

我ながら、結構すごいことを言ったと思う。だけど、不透明なのをいいことに素人を食い物にする考え方は、どうしても許せない。この点だけは確認しておきたい。

「確かに、我々の業界では、『簡単な仕事は難しそうにこなせ、難しそうな仕事は簡単にこなせ』といいます。理由は分かりますよね。そうすれば、お金をもらいやすいのです。

ですが、その例で言えば簡単に直るかどうか見ただけで判ることはほとんどありません。そして結局直らなければ、お金貰えませんからね。直ったら直ったで定額ではありませんから、あらかじめ伝えた金額か手間に応じた料金しか頂けないですよね。

工賃をこのケースではいくら請求したとか、他所の店と連携しているわけでもないですし知らないんですよ。前例がない仕事は特に工賃設定に悩みます。時間ばかり食って、実入りは少ないですね。

だから、大手のように資本があるなら、そんな仕事を受けませんよ。明らかに儲かるオイル交換や、ブレーキパッド交換を沢山したほうがいいですからね」

なるほど。いわばギャンブルみたいなものだ。全く手間が読めない作業を受けたら儲かることもあるが、大損こく可能性が大だというわけだ。手堅く稼ぐなら、競争はあるものの安く定額にして数でカバーするのが得策だ。

「もう一つ重要な要素があります。定額ではないサービスの提供は、支払う側の価値観に合わせなくてはなりません」

「つまりどういうことだってばよ?わかりやすくいってくれる?」
まだ、なにかあるっていうのか?

「具体的に言えば、さっきの例えを使うと、美味いラーメンを安く食わせるけど、水はセルフサービスな店があったとします。でもお客さんはそれで納得します。そういうものだと割り切った上で店に来るからです。

しかし、仮に定額ではないラーメン屋があるとしたら、安いけど味が好みじゃない、接客がなってない、といった感想になります。すべてのお客様に満足していただけるサービスを提供するには、一人ひとりのお客様のニーズに合わせる必要がありますが、その手間は計り知れないのです」

「それじゃ、数量で勝負している大型量販店は、仮にメニューにない料理を提供する技術があっても断るしかないってことか」

「そうです。さっき話したように、そもそも金額を決めることが難しいですよね。だから、大型量販店は全く手間が読めない仕事には関わらないよう、持ち込みを排除したうえでニーズのある作業のみ定額化して、その問題から逃げるしかないのです。

しかし、個人経営の――特殊な仕事を受けることでお客のニーズに応える――店は逃げられません」

沈黙が流れる。俺は天使が通り過ぎるのを待った。

中村は、おもむろに口をひらいた。
「手間が判らない仕事において、双方ともに納得できる料金を設定すること――大抵はどちらかが不満を抱えることになる――は、個人経営の店では避けて通れない難問なのです」

まとめ

これは、個人のニーズを深く満たすことで生まれる問題と向き合う話です
・手間が判らない仕事において、頼む側も受ける側もお互いが損をしたくなくないから、客は妥当だと思う金額で押し切ろうとし、店はぼった値段を伝える(伝えない店もあるが)。
・定額サービスは、料金は定額であるがクオリティが一定ではない。
・競争の激しい商売をしている店においては、客側もある程度の割り切りが必要。
・個人経営の店は、店客共に納得できる仕事の質と料金を設定するという難しい問題を抱えている。