チェーンの張り
唐突だが、当店のロゴはチェーンがモチーフである。
ブタの鼻だの、ゴーグルを着けた顔のようだと言われることが多いので、ここではっきりと説明しておくが、これはチェーンと私の名前である中村の「中」を表している。
中央の円と、上下の円の大きさが同一である。シンプルなデザインが、どことなくユーモラスでとても気に入っている。
そこで、第一回目の記事はチェーンの張りについて取り上げようと思う。
多少強引なこじつけだが、チェーン繋がりということでお付き合いくださればありがたい。
さて、この記事を読んでいる大半の人は、「チェーン調整」をしたことがあるだろう。
たとえば、メーカーのマニュアルを読みながら、あるいは、先輩やバイク屋から教わったり、自己流で作業をしたのだと思う。
そもそもチェーンの張りとはなんなのだろうか
実のところ、私は修行時代、チェーン調整という作業が苦手であった。なぜなら、メーカーのマニュアルには細かい記載がなかったので、どこをどのように測定すればいいのか、わかるようでいてわからなかったのだ。
測定する部分の記載があるのはまだましで、「標準値に調整しましょう」としか書かれていないマニュアルもみたことがある。
実に不親切だと思うが、プロ向けの資料なので敢えて記述していないのかもしれない。
そもそも、チェーンの張りとはなんなのだろうか。なぜチェーンは調整しなくてはならないのであろうか。
そこで、「チェーンの張り」について私なりに解説してみたい。
「チェーンの張り」とは
なぜチェーンには調整が必要なのか
※チェーンの伸びる原因については、ここでは扱わないでおく
まずチェーン・スプロケット駆動について説明する。
チェーンとスプロケットによる駆動方式は、モーターサイクルでは最も一般的なシステムである。
なぜ一般的かというと、シャフトドライブと比較した場合、コストや軽さ、構造の簡易さに加えて、最終減速比を容易に変更できるため、モーターサイクルに向いているからである。
チェーンは、エンジン側にあるアウトプットシャフトのスプロケットと、リアホイールに取り付けられたスプロケットに常に噛み合っている。
エンジン側のスプロケットは、スイングアームピボットと同軸ではないので(一部のビモータやハスクバーナなど例外もある)、チェーンの張りはホイールの動きによって変化する。
エンジンスプロケット、スイングアームピボット、アクスルシャフト、それぞれの中心を直線で結んだときの位置が、最もエンジンスプロケットとアクスルシャフトが離れた状態である。つまり、最もチェーンが張っている状態である。
このときに、ややたるみがある状態がベストであり、それ以外の位置ではある程度たるんでいなくてはならない。この状態を作り出すためにチェーンの調整が必要なのである。
図1はスイングアームの作動により変化する、エンジンスプロケット中心ととアクスルシャフト中心の位置関係を表している。
図1
2010 スタジオ タック クリエィティブ (株) ガエターノ・コッコ著 モーターサイクルの設計と技術 p68
サスペンションを外し、スイングアームをフリーに動くようにすれば、同一直線上の環境を作り出すことができる。
しかし、調整のたびにこの作業をするのは面倒なので、メーカーが予め「標準値」を設定しているのである。
チェーンのたるみが大きい場合の障害
スロットル操作に対し、ワンテンポ遅れてリアタイヤに駆動が伝わる。要するに、ギクシャクして乗りにくくなる。
詳しく説明すると、まず、チェーンのたるみがとれる。この時点では駆動は伝わっていないのでリアホイールはまだ回転していない。次に、ピンと張ったチェーンはリアホイールに、いきなり駆動を伝える。このチェーンのたるみがとれるまでのタイムラグが、ライダーにとってのギクシャク感となって伝わり、乗り心地が悪いと思わせる要因となる。
この障害を解決する最も有効な手段が、スイングアームピボット〜アクスルシャフト長を伸ばすことである。
バイクには、そのためにチェーンアジャスターと呼ばれるスイングアームピボット〜アクスルシャフト長調整機構が備わっている。
チェーンを張り過ぎた場合の障害
ならば、ギクシャクしないようにするには、あらかじめチェーンをピンと張っておけば良いではないかと思うが、それは間違っている。
張り過ぎると主に三つの障害が発生するおそれがあるからだ。
第一に、サスペンションのストロークを阻害する。つまりサスペンションが作動しようとしても、チェーンが物理的にロックしてしまう。ホイールトラベルの長いトレール車やモトクロッサーなどは特に影響を受ける。
第二に、チェーンに過大なテンションがかかり続けることによって、チェーン、スプロケットの摩耗を早める。最悪チェーンが切断されるおそれがある。
第三に、エンジンのアウトプットシャフトのベアリングを痛める。
私は実際にこうなってしまったバイクをみたことがある。走行距離のわりに、非常に手入れのよいマシンであったが、チェーンを張りすぎてメンテナンスをしていたようで、ドライブスプロケットを手で回すとゴロゴロと異音がし、ラジアル方向にガタがあった。こうなるとクランクケースを分解して、ベアリングを交換しなくてはならない。
チェーンのたるみ 点検のやりかた
チェーンのたるみの点検の手順
まず、エンジンを停止する
ギアをニュートラルにし、メインスタンド、あるいはメンテナンススタンドで支える。サイドスタンドで支える場合は、ジャッキアップする。
基本は、下側チェーンの前後スプロケットの中間付近の振れ幅が最大になる位置が「たるみ測定位置」である。
ホイールを回転させ、チェーンを動かしながら、「たるみ測定位置」で最もたるみの少ないチェーン部分のたるみ量を測定する。
図2
1991 川崎重工業株式会社 サービスマニュアルより抜粋
要するに、まず、点検するバイクの「たるみ測定位置」を定める。つぎに、チェーンのたるみが最も少ない部分を特定すれば、たるみ量を測定できるということだ。
測定した数値が、メーカーの 指定する標準値内であれば、調整する必要はない。
標準値を外れていれば、調整する必要がある。
チェーン上側でたるみ測定する場合もある
たるみ測定位置はチェーン下側であると前述したが、例外がある。
モトクロッサーはチェーン上側が「たるみ測定位置」になる。
また、下側で計測するように記載されたトレールバイクのマニュアルもあるが、実はホイールトラベルの長い車種は、上側で計測したほうが作業性がよい。
チェーンのたるみ量は車種によって違う
「たるみ測定位置」や、たるみ量は、車種によって違ってくる。
なぜかというと、エンジン側のスプロケットと、スイングアームピボットの位置関係、スイングアームの長さや、サスペンションの長さが車種によって全く異なるためだ。
ちなみに、マディ走行をするときは、たるみ量を大きくしておく必要がある。
なぜなら、泥がチェーンやスプロケットに噛み込むことによって、チェーンが張ってしまうからである。
チェーンの調整方法
ホイールアライメントの重要性
図3
KTM純正 ホイールアライメント調整工具
ホイールアライメントとは、ホイールの整列のことである。
バイクは前後のホイールの整列が狂うと、直進安定性やハンドリングが狂い、走行に障害が発生する。また、タイヤやチェーン、スプロケットが偏摩耗する。
だから、直進状態にしたときに、前後ホイールの中心が一直線になる必要がある。
そのための調整が、アライメント調整である。
図3にあるような工具を用いれば、正確なアライメント調整ができる。
ただし、フレーム、およびスイングアームに歪みがなく、全てが正しい位置に組まれていればの話である。
さて、アライメント調整工具の使い方だが、まず、一方をスイングアームピボット、もう一方をアクスルシャフトの中心に合わせる。
つぎに、車体反対側のピボットとシャフトの中心に合わせる。このときの寸法の差をチェーンアジャスターで調整する。
つまり、車体の右と左のスイングアームピボット〜アクスルシャフト長が同調しているかを測り比べて確認する、ということである。
同寸法になれば調整完了である。かつ、このときにチェーンのたるみも標準値に収まっていなくてはならない。
実のところ、左右のアジャスターボルト長を同調させる方式でも概ね正確である。通常使用ならアジャスターボルト長にて調整したほうがやりやすい。管理にはノギスを使用する。
だが、アライメント調整工具を用いればより正確である。
補足として、私のやり方を記しておく。
まず、車体の精度を信じてアジャスターボルト長を揃えておく。
つぎに、アライメント調整工具を用いて、寸法の差を確認する。その差がアジャスターボルト長のズレである。0であれば精度は完璧である。
差があっても、その数値を頭に入れておけば、今後はその数値分を修正して調整すればよい。
ホイールアライメントが出ていないと、チェーンラインが狂い、チェーンやスプロケットの偏摩耗、タイヤの偏摩耗、まっすぐに走らないなどの障害が発生するおそれがある。
チェーン調整の手順
現状は、既に点検まで済ませた状態とする。
まず、ホイールが動く程度にリアアクスルナットを緩める。つぎにアジャスターのロックナットを緩める。
主にトレール車に採用されているスネイルカム式は、アジャスタープレートを回転させて調整する。
ちなみに、カワサキ車に多いエキセントリックシャフト方式は、アライメントを確認してから作業に入る。この方式は左右同時に調整できるので、自動的にアライメントも取れる。
調整は、アジャスターボルトを締め、あるいは緩めて「たるみ量」を標準値に収める。
まず、チェーン側(多くの車両は左側である)のアジャスターを調整し、次に反対側を動かす。
左右均等に少しずつ動かすことと、ノギスでしつこく測定して、わずかでも同調していなければ合わせ直すことが肝要である。
チェーン側のアジャスターボルト長を基準にするのがコツである。
最後にアクスルナットを締め付けるのだが、ここで必ず行って欲しいのがスプロケットとチェーン間にウエスを噛ませ、テンションをかける作業である。
そうすることによって、アクスルシャフト調整カラーがアジャスターボルトに密着し、締め付け時に発生するガタを抑えることができる。
逆にいえば、テンションをかけないと、アジャスターボルトと調整カラーに隙間ができて、僅かだかたるみ量とホイールアライメントが狂う。
全てのネジを締め付けた後に、たるみ量 の最終確認をする。
納得がいかなければ、何度でもやり直そう。
数をこなすうちに、様々な「加減」がわかってくる。
問題なければ作業完了である。
この記事は、「チェーンの張り」について解説するものである。
詳しい整備手順については、サービスマニュアルを参照し、実際の作業は自己責任にて行ってもらうこととする。